「人工(じんこう)ピンクス」



今朝すれちがった女の子のビニール傘の
持ち手の色は雨の街に浮き立つ人工ピンク
沈むことのない色をのせてまわる世界で
雨にも負けズ人類は渇く

ピンクというのはなーんか迷っている色
赤と白の中間にいる色
生まれてきたのと死んでしまったのとの境目
生殖できます、のしるし総天然ピンク

スマートな交配のための個体差
それぞれに違うはずのピンク
でもパッケージは似てるほうが人気、迷うから。

王子様たちは魔法が使えないので
100円ライターを手に
ラブホの片隅で乾燥した愛を燃す
どの個室も同様にボタンだらけ

朝になったらまた
コンビニ・売店で
人工ピンクス

今朝すれちがった女の子のビニール傘の
持ち手の色は雨の街に浮き立つ人工ピンク
沈むことのない色をのせてまわる世界で
雨にも負けズ人類は渇く







「測量」




デスクに青い目薬をひとつ
ひとときのうるおいのための
目薬をひとつ
置き去り

シリンダーの目盛が
60を保ちつづける
部屋のあかりは
揺れない

とりこんだ下着のほつれを
三日月の刃の
ちいさな鋏で切る 音
あたまを もたげない ままの もの

惚れてもいない年下に
ふられていた しゅうまつ
ぬるい湯気
バスタブに髪を泳がせて も
殻はほどかない
波風も立たず
ねじれても平行に夜は つづく

あふれることはなかった
震度5のよるにも






「喫茶ビクター」



一晩あけて からくりのとけた彼女のことば。
<ほかに返し様があったのかな>
眠りすぎた日曜の午後。
鈍い頭と苦いあとあじのまま
ベッドを這い出して喫茶ビクターに行く。

雨ぎりぎりの曇天。

商店街は夏祭りの準備に追われていて、
いきれが足首にひっかかる。
自販機で煙草を買うとき、財布の中身をたしかめながら、
昨日受け取った台詞を数回復唱してみるけれど
何と返すべきだったのかまだわからない。

今日4度目の信号待ち。

重いドアを押して店の中へ入る。
二階の、左右対称の翅模様のステンドグラスの壁の
まん中を背にして座る。店の幅いっぱいの窓。
太いネクタイを締めた初老のマスターが注文を取りにくる。

アイスコーヒー。

まだ昨日を反芻する。グラスが運ばれてくる。
いよいよ雨粒が窓を埋めていくと目の前に複眼の空が広がる。
濃いガムシロップを注ぎ過ぎる。ミルクも。
冷房の効きすぎた店内で薄まらないコーヒーを
飲み終える喉にようやくせりあがってくるひとことを
打ち消して古いレジスターが開く。






「メロンぎらい」2003.11


黒い川面に蜜滴らす満月の
転がらず浮かぶあたりまえに当惑
実らせないしあわせで冷蔵庫がからっぽ
ブランデーも生ハムもなんかおかしいしね
架空のこどもが歳をとる満ち欠けに種も消え
食べるか腐らせるかあまいかおり罠の果実
実らせないしあわせで冷蔵庫がからっぽ
すれ違う妊婦の痩せた手が撫でるもの
メロンぎらい俯き橋を渡る月夜






「ニシヤマガンパウダーショップ」2004.4

ねずみをくわえたわかりやすい猫が路地へと
走ってゆく。天満の商店街は雨で湿気たり
しない。たたんだ傘をさげて環状線の駅まで、
茶色いブーツは乾きながら進む。

ニシヤマガンパウダーショップ。ウィンドウ
には剥製のキジとか、枝にとまったワシとか、
が黄ばんだ壁紙にはばたけないでいて、店の
奥の砂利の敷かれた中庭から狭い空が見える。
夏を思い出させる、におい。

休日の環状線、窓際に立ち、吊り広告のことば
を二十分のあいだ舌先で転がして胸におさめて
いく。かわいたブーツの底で、喫茶ケニヤまで。
傘はたたんだまま見上げたくもった色の空に
むかう鉄塔のすこし、先を、ねらう。






「春」2004.6

「春」という字の三対の羽は、均衡でないとまっすぐに
飛ばない。これは紙ひこうきの右翼と左翼のバランスと
おなじでまさに紙一重、緻密な設計のもと組み立てられた
「春」をわたしはこの体から飛び立たせてきた。13から
26までの13機の「春」は、精巧な翼をぴんと輝かせて
故郷の方角の夕暮れ空に消えた。毎年ひとつずつ秘密を
乗せて。そして二度と戻らなかった、数々の青ざめた春。

しかし14機めの「春」、だけが近くを旋回しつづけている、
歌いながら、光を蒔き散らしながら、ゲイラカイトのように
繋がれている。糸を操るのは横顔の美しい男で彼の手にはもう
秘密が握られており、もうじき夏が来て全てが消えてしまう
ことをたぶん彼も知ってはいるのだ。羽がまぶしいね、とか
独り言のように呟く。

自転車の後輪でも食卓のミキサーでも鞄のなかの
CDウォークマンでも秒針の速度で、洗濯機のなかでも
春は旋回していた、
だから白いシャツが少し染まったの。

「春」という字の三対の羽は、均衡でないとまっすぐに飛ばない。







「河崎水産」

午前4:05
北新地からタクシー(この場合、
すこし鼻にかけて語尾をあげる)、
タ、ク、シーで10分
昨晩からカール崩れない
胸元の髪に慢心(だけど、フェイク)
スムーーーーズな眠気。
ドアを閉じて走り去る、
あたしのために降りそそいだ夜を
すっかり流し去るのは
マンション1階のテナント
「河崎水産」のアルバイト青年で、
午前2時からの上気した頬が
オハヨウゴザイマスと笑って
手に持ったホースを通路から逸らす。
あたしのおやすみを追いこす朝。

<リバース>

午前4:05
ぼくの故郷の切り立った山のうえの
校庭から見えた朝焼けの色を最近忘れる。
ぼくの生まれた町には海がない、
だけど山のうえにあったのは水産高校で
ぼくと父と祖父の母校で
海のない町の魚屋はたぶんそろそろ
支度を始めている。そして
ぼくは当時のガールフレンドの
シャンプーの銘柄はかろうじて
忘れないでいる。
深夜2時の窓を抜け出した彼女の
髪の波間から
まだこぼれ落ちる夜が流れない、
おやすみ。






「千鳥ペダル」
酔いのまわった赤い自転車が夜のビル森を行く
わざと迷子になりに行く、27歳23時千鳥ペダル
髪が風に靡き示すゆくえ、坂の多いかえりみちで
まさか迷子になりきれない、27歳23時千鳥ペダル


ほてる頬を夜風撫でて夜道探る緩いのぼり
のぼせあたま夜風まかせ決める今日の家路

ひとけない坂をあがるたちこぎのプロローグ
ライト照らすてっぺんはずっと上

ひとけない坂をあがるたちこぎのプロローグ
息もあがるてっぺんは闇の上

ひとけない坂をあがるたちこぎのプロローグ
闇超えたてっぺんで風背負う、深呼吸ペダル放す23時


下り坂ではねるホイル揺れるサドル
速度あがる、下り坂を
廻るホイル、きしむサドル、
だれもいない下り坂を
廻るホイル、揺れるサドル、速度上がる
だれもいない、もうすこし坂の風

下り坂を廻るホイル揺れるサドル速度あがる
下り坂を廻るホイルきしむサドルだれもいない
下り坂を廻るホイル揺れるサドル速度上がるだれもいない
体温は坂の風
もうすこし、坂の風
あとちょっと下り坂
だれもいない速度上がる止めないで体温は坂の風
23時


半ブレーキ切るわたしまだ素面、千鳥ペダル








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