「春」2004.6
「春」という字の三対の羽は、均衡でないとまっすぐに
飛ばない。これは紙ひこうきの右翼と左翼のバランスと
おなじでまさに紙一重、緻密な設計のもと組み立てられた
「春」をわたしはこの体から飛び立たせてきた。13から
26までの13機の「春」は、精巧な翼をぴんと輝かせて
故郷の方角の夕暮れ空に消えた。毎年ひとつずつ秘密を
乗せて。そして二度と戻らなかった、数々の青ざめた春。
しかし14機めの「春」、だけが近くを旋回しつづけている、
歌いながら、光を蒔き散らしながら、ゲイラカイトのように
繋がれている。糸を操るのは横顔の美しい男で彼の手にはもう
秘密が握られており、もうじき夏が来て全てが消えてしまう
ことをたぶん彼も知ってはいるのだ。羽がまぶしいね、とか
独り言のように呟く。
自転車の後輪でも食卓のミキサーでも鞄のなかの
CDウォークマンでも秒針の速度で、洗濯機のなかでも
春は旋回していた、
だから白いシャツが少し染まったの。
「春」という字の三対の羽は、均衡でないとまっすぐに飛ばない。
「河崎水産」
午前4:05
北新地からタクシー(この場合、
すこし鼻にかけて語尾をあげる)、
タ、ク、シーで10分
昨晩からカール崩れない
胸元の髪に慢心(だけど、フェイク)
スムーーーーズな眠気。
ドアを閉じて走り去る、
あたしのために降りそそいだ夜を
すっかり流し去るのは
マンション1階のテナント
「河崎水産」のアルバイト青年で、
午前2時からの上気した頬が
オハヨウゴザイマスと笑って
手に持ったホースを通路から逸らす。
あたしのおやすみを追いこす朝。
<リバース>
午前4:05
ぼくの故郷の切り立った山のうえの
校庭から見えた朝焼けの色を最近忘れる。
ぼくの生まれた町には海がない、
だけど山のうえにあったのは水産高校で
ぼくと父と祖父の母校で
海のない町の魚屋はたぶんそろそろ
支度を始めている。そして
ぼくは当時のガールフレンドの
シャンプーの銘柄はかろうじて
忘れないでいる。
深夜2時の窓を抜け出した彼女の
髪の波間から
まだこぼれ落ちる夜が流れない、
おやすみ。
「千鳥ペダル」
酔いのまわった赤い自転車が夜のビル森を行く
わざと迷子になりに行く、27歳23時千鳥ペダル
髪が風に靡き示すゆくえ、坂の多いかえりみちで
まさか迷子になりきれない、27歳23時千鳥ペダル
!
ほてる頬を夜風撫でて夜道探る緩いのぼり
のぼせあたま夜風まかせ決める今日の家路
ひとけない坂をあがるたちこぎのプロローグ
ライト照らすてっぺんはずっと上
ひとけない坂をあがるたちこぎのプロローグ
息もあがるてっぺんは闇の上
ひとけない坂をあがるたちこぎのプロローグ
闇超えたてっぺんで風背負う、深呼吸ペダル放す23時
!
下り坂ではねるホイル揺れるサドル
速度あがる、下り坂を
廻るホイル、きしむサドル、
だれもいない下り坂を
廻るホイル、揺れるサドル、速度上がる
だれもいない、もうすこし坂の風
!
下り坂を廻るホイル揺れるサドル速度あがる
下り坂を廻るホイルきしむサドルだれもいない
下り坂を廻るホイル揺れるサドル速度上がるだれもいない
体温は坂の風
もうすこし、坂の風
あとちょっと下り坂
だれもいない速度上がる止めないで体温は坂の風
23時
?
半ブレーキ切るわたしまだ素面、千鳥ペダル
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